白石大使の活動報告コメント:「青空集会に直接民主制の原点を見る」
令和4年5月16日

5月1日の日曜日、グラールス州の州都で開かれた住民集会(ランツゲマインデ)を視察しました。
住民集会は、人口約4万1千人の同州で毎年一回、5月の第一日曜日に、投票権(16歳以上)を持つ有権者が州庁舎前の広場に集まり、案件の可否を挙手で決める直接投票制度です。スイスの直接民主制の象徴と言われており、グラールス州のほかにアッペンツェル・インナーローデン準州が実施しています。同準州では1週間前の4月最終日曜日に開催されました。
この日の視察は、事前にスイス外務省を通じて申し込んでいたものです。実は、2019年秋の着任直後から視察を希望していたのですが、コロナ禍のおかげで順延になっていて、ようやく実現しました。
当日は午前6時にベルンを車で出発し、2時間半ほどでグラールス州に入り、住民集会場近くのホテルで主催者側の責任者と落ち合いました。私は政治担当の大隈一等書記官と同行したのですが、私たちのほかにもスイスの他の都市や、欧州からの見学客が来ていてにぎわっています。事前に20分ほど住民集会の手順などについて説明を受けました。
住民集会は午前9時半からの開始でしたが、直前に軍楽隊を先頭に州知事、議長、裁判官、議員などがスイス兵の警護付きでゆっくり会場に入ってきました。歩く距離は100メートルほどでしょうか、沿道の両側に立ち並んだ市民の前を行進します。幸い日差しがのぞく晴天で、やや肌寒かったのですが、子供たちも含めて、年に一度のお祭りを楽しむような雰囲気でした。
会場は、サッカー場の半分くらいの広さかと思いますが、州庁舎の前の広場の中央に、日本で言えば盆踊りで使うような舞台を組み、その周辺に板を渡したベンチが置いてあります。そこは腰掛け用ですが、立ち見席も後方に用意してあり、先着順に席取りをしていたと思います。
われわれ招待客の一団が会場に入ったときには、有権者用の席は満杯状態で、招待客用の一角だけがロープで仕切られ確保されていました。会場の入り口では、点検が行われていて、投票資格のある住民は事前に郵送された黄色のカードを持参し提示しなければなりません。招待客は青色のカードを提示して会場に通してもらいました。
9時半過ぎから議事が開始され、冒頭に議長役の州知事の選任投票が行われました。最初に賛成の人が黄色のカードの挙手、次に反対の人が同じく黄色のカードで挙手を行い、暫定議長役の前知事が舞台の上から賛成、反対票のどちらが多かったか、目視で判断して「賛成多数、よって可決」と宣言したようです。
賛否の差がきわどい場合は、複数回の投票を求めます。3回目になると議長役の補助役として4人の係員が壇上の4隅に立ち、それぞれが目視で多寡を判断し、その結果を議長に伝えます。議長はそれを総合して最終判断を下すというわけです。
判断が難しい場合はどうするのか、と招待側の責任者に聞いたところ、「それは議長が腹をくくって決めるんだよ」という答えが返ってきました。それでも、議事終了後、納得できないという有権者が異議を申し立てたという事例が過去にあったそうです。
議長の選任の後、この日の議題を一つずつこなしていきますが、17案件の審議のうち、いくつかは賛否両論の対立が予想されるものがありました。そのような議案の場合は、賛成、反対討論が壇上で行われますが、一人ずつ順次登壇し、5分程度で住民に自分の考えを開陳します。拍手もヤジもない穏やかな意見発表でした。
案内役の人の解説では、案件がかかったその時に舞台に出向いて発言したい旨伝えると、先着順に発言が許され、発言時間の制限もないということでした。しかし、驚いたのは、どの案件でも賛否の討論はほぼ4-5分以内で粛々と進んでいたことです。「長広舌を振るって議事妨害をしようと思えばできるんですよ」と案内役は説明していましたが、そこは良識が働いていたのか、あるいは狭い街で顔見知りが多いこともあり、自制心が利いていたのかわかりませんが、ランツゲマインデの持つ良さなのでしょう。
住民集会は昼の休憩も無く淡々と進められ、午後2時半過ぎに終わりました。住民も昼近くから徐々に少なくなりましたが、それでも半数以上は残っていたように思います。案内役の人は、「今日は5千人ぐらい集まったのではないか」と言っていました。壇上の議長はトイレで席を離れることもなく立ちっぱなしで議事を仕切っていたので、これは大変な仕事だと同情した次第です。
雨に降られていたらもっと大変だったでしょう。舞台はテントが天井に張られていましたが、有権者席は全くの屋外ですから、悪天候では厳しいですね。この日は日差しが強く、私たちも5時間近く日にさらされ、日焼けが心配になりました。
スイスの直接民主制の原点が住民投票にある。そのことを実感する住民集会は、私たち日本人にとっても大いに参考になる政治の実践だと思いました。そのまま日本に導入できるかどうか、自治体の規模、行政の仕組み、習慣の違いなどを考えると、簡単ではないようですが、大いに啓発されるイベントでした。(5月9日記)
住民集会は、人口約4万1千人の同州で毎年一回、5月の第一日曜日に、投票権(16歳以上)を持つ有権者が州庁舎前の広場に集まり、案件の可否を挙手で決める直接投票制度です。スイスの直接民主制の象徴と言われており、グラールス州のほかにアッペンツェル・インナーローデン準州が実施しています。同準州では1週間前の4月最終日曜日に開催されました。
この日の視察は、事前にスイス外務省を通じて申し込んでいたものです。実は、2019年秋の着任直後から視察を希望していたのですが、コロナ禍のおかげで順延になっていて、ようやく実現しました。
当日は午前6時にベルンを車で出発し、2時間半ほどでグラールス州に入り、住民集会場近くのホテルで主催者側の責任者と落ち合いました。私は政治担当の大隈一等書記官と同行したのですが、私たちのほかにもスイスの他の都市や、欧州からの見学客が来ていてにぎわっています。事前に20分ほど住民集会の手順などについて説明を受けました。
住民集会は午前9時半からの開始でしたが、直前に軍楽隊を先頭に州知事、議長、裁判官、議員などがスイス兵の警護付きでゆっくり会場に入ってきました。歩く距離は100メートルほどでしょうか、沿道の両側に立ち並んだ市民の前を行進します。幸い日差しがのぞく晴天で、やや肌寒かったのですが、子供たちも含めて、年に一度のお祭りを楽しむような雰囲気でした。
会場は、サッカー場の半分くらいの広さかと思いますが、州庁舎の前の広場の中央に、日本で言えば盆踊りで使うような舞台を組み、その周辺に板を渡したベンチが置いてあります。そこは腰掛け用ですが、立ち見席も後方に用意してあり、先着順に席取りをしていたと思います。
われわれ招待客の一団が会場に入ったときには、有権者用の席は満杯状態で、招待客用の一角だけがロープで仕切られ確保されていました。会場の入り口では、点検が行われていて、投票資格のある住民は事前に郵送された黄色のカードを持参し提示しなければなりません。招待客は青色のカードを提示して会場に通してもらいました。
9時半過ぎから議事が開始され、冒頭に議長役の州知事の選任投票が行われました。最初に賛成の人が黄色のカードの挙手、次に反対の人が同じく黄色のカードで挙手を行い、暫定議長役の前知事が舞台の上から賛成、反対票のどちらが多かったか、目視で判断して「賛成多数、よって可決」と宣言したようです。
賛否の差がきわどい場合は、複数回の投票を求めます。3回目になると議長役の補助役として4人の係員が壇上の4隅に立ち、それぞれが目視で多寡を判断し、その結果を議長に伝えます。議長はそれを総合して最終判断を下すというわけです。
判断が難しい場合はどうするのか、と招待側の責任者に聞いたところ、「それは議長が腹をくくって決めるんだよ」という答えが返ってきました。それでも、議事終了後、納得できないという有権者が異議を申し立てたという事例が過去にあったそうです。
議長の選任の後、この日の議題を一つずつこなしていきますが、17案件の審議のうち、いくつかは賛否両論の対立が予想されるものがありました。そのような議案の場合は、賛成、反対討論が壇上で行われますが、一人ずつ順次登壇し、5分程度で住民に自分の考えを開陳します。拍手もヤジもない穏やかな意見発表でした。
案内役の人の解説では、案件がかかったその時に舞台に出向いて発言したい旨伝えると、先着順に発言が許され、発言時間の制限もないということでした。しかし、驚いたのは、どの案件でも賛否の討論はほぼ4-5分以内で粛々と進んでいたことです。「長広舌を振るって議事妨害をしようと思えばできるんですよ」と案内役は説明していましたが、そこは良識が働いていたのか、あるいは狭い街で顔見知りが多いこともあり、自制心が利いていたのかわかりませんが、ランツゲマインデの持つ良さなのでしょう。
住民集会は昼の休憩も無く淡々と進められ、午後2時半過ぎに終わりました。住民も昼近くから徐々に少なくなりましたが、それでも半数以上は残っていたように思います。案内役の人は、「今日は5千人ぐらい集まったのではないか」と言っていました。壇上の議長はトイレで席を離れることもなく立ちっぱなしで議事を仕切っていたので、これは大変な仕事だと同情した次第です。
雨に降られていたらもっと大変だったでしょう。舞台はテントが天井に張られていましたが、有権者席は全くの屋外ですから、悪天候では厳しいですね。この日は日差しが強く、私たちも5時間近く日にさらされ、日焼けが心配になりました。
スイスの直接民主制の原点が住民投票にある。そのことを実感する住民集会は、私たち日本人にとっても大いに参考になる政治の実践だと思いました。そのまま日本に導入できるかどうか、自治体の規模、行政の仕組み、習慣の違いなどを考えると、簡単ではないようですが、大いに啓発されるイベントでした。(5月9日記)